
「自治会のアプリを作っています」と言うと、たいてい話はそこで終わります。相手が自治会と縁遠ければ「ご町内の、あの回覧板の」というイメージで止まり、縁が深ければ「うちの自治会は高齢の役員ばかりで大変ですよ」という共感で止まる。どちらにせよ、その先の「で、それは技術的・社会的にどういう射程の仕事なのか」という会話には進みません。
これは長いあいだ、自分の中でも引っかかっていた感覚でした。やっていることの中身は、認証フローの設計であり、らくらくフォン実機での操作検証であり、住民参加のインセンティブ設計であり、行政との接続を見据えた情報設計です。けれど「自治会DX」という4文字の看板は、その全部を「町内会のIT化」という一枚の薄い絵に圧縮してしまう。仕事を説明する言葉が、仕事そのものを小さく見せていた。
同じ感覚を持っている人は、たぶん少なくないと思います。「便利ツールを作っています」「社内の業務改善をやっています」「個人開発でアプリを出しています」。どれも嘘ではないけれど、説明した瞬間に、自分でも仕事が一段安く見えてしまう。中身は誇れるのに、看板が中身に追いついていない。その状態を、どう解消したか。
この記事は、その違和感を解消した日の記録です。きっかけは新機能でも技術的ブレイクスルーでもなく、個人開発のサービスポートフォリオを整理する地味な壁打ちでした。その副産物として、「自治会DX」を国際的な語彙に接続し直すと何が変わるのか、そしてそれが個人開発者やPdMにとってどういう意味を持つのかを言語化できた。同じように「自分の仕事をうまく説明できない」と感じている人に、その思考プロセスを共有します。
ポートフォリオ整理の壁打ちが、思わぬ気づきを連れてきた
発端は前向きな話ではありませんでした。個人開発で複数のサービスをリリースしたものの、無風の状態が続いている。その認知負荷が、目の前にユーザーがいる自治会DXの伸びを削っている気がする。この感覚を、専門家視点でレビューしてほしいとAIに持ちかけたのが2026年4月26日でした。
やったのはサービスポートフォリオの棚卸しです。「トラフィック / コスト / 成長余地 / 戦略的価値」の4軸で全サービスを評価し、強化・維持・凍結・クローズ予定に振り分けて、その判断基準を docs/service-portfolio-strategy.md というドキュメントに固定する。撤退こそPdMの仕事だという整理で、これ自体は別の記事で扱っています。
この壁打ちで印象に残っているのは、判断の入口が分析ではなく直感だったことです。「ダメなものはダメな気がしている」という自分の嗅覚を言葉にしてAIにぶつけたところ、専門家視点でレビューした上で「その嗅覚は正しい」と返ってきた。撤退への迷いが消えたのはこの瞬間でした。直感を直感のまま放置せず、4軸という再現可能な基準に変換していく過程が、結果として次の気づきの土台になりました。
予定外だったのは、その作業の途中で別の問いに引きずられたことでした。「強化」に振り分けたのは、自治会DX、BestFitNavi、ZERONOVA LAB の3つです。いずれも目の前にユーザーが実在しているという共通点がありました。その中でも、なぜ自治会DXを強化と判断できたのか。理由を言葉にしようとして、本業との接続に気づきました。
私はPdM(プロダクトマネージャー)として、シニア向けのBtoCオンラインプラットフォームをつくる仕事をしています。そして個人開発では自治会DXを進めていて、こちらは住民の大半が高齢者です。この2つは、職場が違い、ドメインが違い、ビジネスモデルも違う。けれど、どちらも「シニア向けインターネットサービスをどう設計するか」という同じ問いに、別の角度から答えていました。
2026年4月26日の開発日記には、その瞬間の感覚をこう書いています。
本業と自治会DXの共通項が「シニア向けインターネットサービス」だと言語化できた瞬間、これまで散らばっていた点が一本の幹に繋がる感覚があった。ポートフォリオ戦略の策定がトリガーで、副産物として自分のキャリア軸そのものが見えた
ポートフォリオの整理は撤退判断のためのものだったのに、出てきたのは「自分が何の専門家なのか」という答えでした。そしてその答えを言葉にした途端、「自治会DX」という看板が急に狭く感じられた。やっている中身はシニア向けインターネットサービスの設計そのものなのに、看板がそれを「町内会のIT化」に縮めている。違和感の正体がここで分かりました。
看板を変えるのではなく、語彙を接続する
最初に考えたのは「自治会DXという呼び方をやめようか」でした。けれど、これはすぐに筋が悪いと分かりました。自治会DXは住民や役員に向けて使う現場の言葉で、ここを勝手に変えると相手に通じなくなる。問題は名前そのものではなく、その名前が「どういう知識領域に属する仕事なのか」を一切示していないことでした。
ここで、AIに専門家としての視点を求めながら方針を詰めました。判断の分岐点はこの対話です。
この対話の結論を、docs/identity/senior-ux-strategy.md のブランディング言語ガイドとして固定しました。開発日記には方針をこう記録しています。
ブランディング言語: 「シニア向け」「お年寄り」を「Aging Tech / Civic Tech / Inclusive Design」等の現代的フレームに言い換え
重要なのは、これが「カッコいい横文字に言い換える」という話ではないことです。Civic Tech も Aging Tech も Inclusive Design も、それぞれ国際的に蓄積された設計知識・事例・評価軸を持つ確立した領域です。自治会DXの実装を、その語彙に「接続」できるということは、自分の仕事が思いつきの個人プロジェクトではなく、世界中で議論されている設計問題の一事例だと示せる、ということでした。
「自治会DX」を3つの国際的な語彙に接続する
では、自治会DXは具体的にどの語彙に、どう接続できるのか。開発日記の記事ネタメモには、この記事の骨格にあたる整理が残っていました。
行政連携・住民参加・コミュニティ設計の観点 国際的なCivic Techの語彙(Aging Tech / Silver Tech / Inclusive Design)と日本の自治会の接続
この3つを、自治会DXで実際にやってきた実装と並べてみます。
| 国際的な語彙 | 何を扱う領域か | 自治会DXでの対応する実装 |
|---|---|---|
| Civic Tech | 市民と行政・地域をつなぐ技術 | 回覧板のデジタル化、住民参加の動線設計、行政接続を見据えた情報設計 |
| Aging Tech / Silver Tech | 高齢社会のためのプロダクト設計 | らくらくフォン実機での操作検証、認知負荷を下げる画面設計、登録完走率の測定 |
| Inclusive Design | 特定の人を排除しない設計の標準化 | 「シニア向け特別対応」ではなく全画面の標準として平易な言葉・大きなタップ領域を採用 |
Civic Tech — 市民と地域をつなぐ技術
Civic Tech は、市民が地域や行政と関わるための技術を指す領域です。投票・行政手続き・地域情報の流通・住民参加といったテーマが含まれます。自治会という組織は、行政の末端に近い住民自治の単位であり、回覧板はその情報インフラそのものです。
自治会DXで回覧板をデジタル化し、住民が情報を受け取り反応する動線を設計し、将来的な行政接続を見据えて情報構造を整える。これは「町内会のIT化」と呼ぶより、Civic Tech の一事例と呼ぶ方が、扱っている設計問題の本質に近い。投票率や行政手続きのオンライン化と地続きの問題を、最小単位の住民自治で解いている、という位置づけになります。
Aging Tech / Silver Tech — 高齢社会のためのプロダクト設計
Aging Tech は、高齢化社会に向けたプロダクト・サービスの設計領域です。自治会DXの利用者の大半は高齢者で、らくらくフォンを主端末とする方も少なくありません。ここでやってきたのは、認知負荷を最小化する画面設計、実機での操作検証、登録の完走率という指標の設計です。
これらは「お年寄りに優しくする」という温情の話ではなく、Aging Tech として国際的に議論されている設計問題です。本業でシニア向けのオンラインプラットフォームに取り組んでいることと、個人開発で自治会DXを進めていることが、ここで同じ語彙の下に並びます。職場が違っても、解いている問題は同じ Aging Tech の問題でした。
開発日記には、この接続が見えた瞬間を「これまで散らばっていた点が一本の幹に繋がる感覚」と書いています。本業の知見が個人開発に効き、個人開発の実機検証が本業の設計判断に効く。別々のプロジェクトとして並走していたものが、Aging Tech という一語で束ねた途端、相互に強化し合う一つのキャリアの実践に見えてくる。語彙の接続は、見え方を整理するだけでなく、自分の中で分断されていた経験を一つにつなぐ作業でもありました。
Inclusive Design — 「特別扱い」ではなく「設計の標準」
Inclusive Design は、特定の利用者を排除しないことを設計の標準に組み込む考え方です。ここが語彙の接続として一番効きました。
「シニア向けに特別対応する」という言い方は、暗に「標準は別にあって、高齢者は例外的に配慮する対象だ」という前提を含んでいます。けれど自治会DXで実際にやったのは、平易な言葉・大きなタップ領域・予見できる操作を、シニア専用画面ではなく全画面の標準として採用することでした。これは Inclusive Design の定義そのものです。看板を「シニア向け」から Inclusive Design に接続し直すと、やってきた設計判断が「例外的な配慮」ではなく「設計の標準を引き上げた仕事」として説明できるようになります。
語彙を接続すると、E-E-A-T の見え方が変わる
ここまでは語彙の整理の話に見えるかもしれません。けれど、この接続作業の本当の価値は、E-E-A-T(経験・専門性・権威性・信頼性)の作り方に対する見方が変わったことでした。
E-E-A-T というと、専門性をアピールするために実績を作りに行く、という発想になりがちです。資格を取る、新しい領域に手を出す、専門家らしい肩書きを用意する。けれど今回起きたのは逆方向でした。新しいことは何もしていない。すでに本業で、すでに個人開発で、シニア向けインターネットサービスの設計を実際にやっていた。足りなかったのは、それを束ねる語彙だけでした。
開発日記の体験メモには、その実感をこう書いています。
「気づいたら既にやっていた」という後付けではない軸を発見できたのは、地に足のついた実感がある。E-E-A-T を「狙って取りに行く」のではなく「既にあるものを言語化する」という順序の正しさを実感
順序が逆だと、E-E-A-T は薄くなります。専門家に見せるために後から積んだ実績は、後から積んだことが透けて見える。読者も検索エンジンも、文脈の有無には敏感です。「最近この領域に詳しくなりました」という発信には、その領域での試行錯誤や失敗の記録が伴わない。一方で、すでにある実装と判断の蓄積に正しい語彙を当てると、その語彙は嘘になりません。Civic Tech と言えるのは Civic Tech をやっているからで、Aging Tech と言えるのは Aging Tech をやっているからです。語彙の背後に、らくらくフォン実機で詰まった記録も、登録完走率を測り直した判断も、すべて残っている。語彙を接続する作業は、ハッタリではなく棚卸しでした。
PdMという立場でこの作業をやった意味も、ここにあります。実装の一行一行はAIと進めますが、「この仕事はどの知識領域に属するのか」「対外的にどの語彙で位置づけるのか」を決めるのは、コードを書く作業とは別のレイヤーの判断です。今回の語彙接続も、AIに専門家視点のレビューを求めながら、最終的にどの語彙に寄せるかは自分で決めました。プロダクトの中身を作るのと同じくらい、プロダクトを「何の文脈に置くか」を決めることが、PdMの仕事だと改めて思いました。
読者が自分のポートフォリオに当てられる問い
この経験から、個人開発者やPdMが自分の仕事に当てられる問いを2つ持ち帰れます。
1つ目は「自分の看板は、仕事の射程を正しく示しているか、それとも縮めているか」です。「自治会DX」のように現場で必要な言葉は、しばしば仕事の本質的な射程を隠します。看板を変える必要はありません。その上に「これはどの知識領域の問題か」を示す語彙を一層重ねられないか、と問うてみる価値があります。
2つ目は「E-E-A-T を作りに行く前に、すでにやっていることを棚卸ししたか」です。新しい実績を積む前に、本業と個人開発、過去のプロジェクトを並べて、共通の幹が通っていないかを探す。今回のように、ポートフォリオ整理という別目的の作業の副産物として軸が見えることもあります。狙って取りに行くより、すでにあるものを言語化する方が、結果として強い軸になりました。
この棚卸しが効くのは、軸を後から作ると必ずどこかに継ぎ目が残るからです。継ぎ目は、その領域での具体的な失敗談や試行錯誤の不在として表れます。逆に、すでに通っている幹を言語化しただけなら、その幹のどこを掘っても具体的な記録が出てくる。今回でいえば、Civic Tech と名乗った瞬間に裏付けを問われても、住民参加の動線でつまずいた話も、回覧板の情報構造を設計し直した話も、すべて開発日記に残っています。語彙が実装より先に来ると裏付けを後から探すことになり、実装が語彙より先にあれば裏付けは最初から揃っている。順序がそのまま、説得力の差になります。
最後に、この作業をAIと進めたことについて一つ補足します。語彙の候補を広く出し、それぞれの領域が国際的にどう議論されているかを整理する部分は、AIとの壁打ちが大きく効きました。一方で、どの語彙を自分の軸として引き受けるかは、AIに決めてもらう種類の判断ではありません。AIは選択肢を広げ精度を上げる相棒であり、何を自分の幹と呼ぶかを決めるのは、これまでの実装と判断の蓄積を一番よく知っている本人の仕事でした。この役割分担そのものが、PdMとして言語化しておく価値のある学びでした。
「自治会のアプリを作っています」という説明で会話が止まっていたのは、相手の理解力の問題ではなく、自分が仕事を置く文脈を用意していなかったからでした。Civic Tech / Aging Tech / Inclusive Design という語彙に接続し直したいまは、同じ実装を「高齢化社会のプロダクト設計を、住民自治の最小単位で実践している」と説明できます。中身は1行も変えていません。変えたのは、それをどの地図の上に置くか、だけでした。
関連記事として、この語彙接続のきっかけになったポートフォリオ整理とキャリア軸の発見は「太い幹」を見つけた話 — 本業と個人開発が同じ軸に通じた瞬間に、自治会DXの具体的なシニア向け設計判断は自治会DXで学んだシニア向けWebアプリ開発の設計判断とシニア向け UI で避けるべきパターンに書いています。
Zeronova(呑名 健造)
PdM × AI-Native Builder × Senior UX × Civic Tech
Web/IT業界19年以上・20以上のWebサービスを担当した PdM。コロプラ子会社(株式会社ビジプル)元代表として事業経営を経験。現在はシニア向け BtoC プラットフォームの PdM、かんたん連絡網合同会社(自治会DX)・Koship合同会社の共同代表として ZERONOVA LAB を並行運営。